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第二次オイルショック

1978年のイラン革命により、イランでの石油生産が中断したため、イランから大量の原油を購入していた日本は需給が逼迫した。また、1978年末にOPECが「翌1979年より原油価格を4段階に分けて計14.5%値上げする」ことを決定し、原油価格が上昇(余談だが、4段階目の値上げについては総会で合意が形成できなかった)。第一次オイルショック並に原油価格が高騰した。

しかし、第一次での学習効果、省エネルギー政策の浸透(深夜のテレビ番組放送の自粛や、第一次同様のガソリンスタンドの日曜祝日休業などが行われた)、企業の合理化効果などにより、日本経済に対する影響は第一次オイルショックほどひどいものにはならなかった。また第一次の頃ほど値上げは長引かず、イランも石油販売を再開し、数年後には価格下落に転じて危機を免れた。
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先進国の経済が中東の石油に極端に依存していることが明白となった。中東以外での新しい油田開発、調査が積極的に行われるようになった。原子力や風力、太陽光など非石油エネルギーの活用の模索、また省エネルギー技術の研究開発への促進の契機ともなった。石油の備蓄体制を強化することも行われた。また、モータリゼーションの進展により自動車の燃料消費が石油消費に高比率を占めていたことから、鉄道をはじめとする公共交通機関を再評価する動きが出た。

フランスのジスカール・デスタン大統領の発案により、1975年に第一次オイルショック以降の経済の回復を主たる議題とした第1回先進6カ国首脳会議(サミット)がフランスのランブイエ城で開催された。

インフレ傾向を強めていた先進国経済は、オイルショックによりスタグフレーションに突入。

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2009年10月04日 22:03に投稿されたエントリーのページです。

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